富士鮨のシャリ

2026年3月14日版

ここでは、私たちがシャリづくりで大切にしていることと、なぜそのやり方を選んだのかをお伝えします。

ワインの香りが温度とともに揮発していくように、シャリの香りも、温めるほど失われていく。できるだけ低温で保ち、お客様の口に届く直前で温度を上げる。そうすれば、香りをもっと届けられるのではないか。私たちの工程は、その考えから始まっています。

補足:酢を合わせると「酢酸エステル」という香りの成分が生まれます。この成分は温度が上がると揮発しやすく、特に60°Cを超えると急速に失われます。

2つの品種をブレンドする理由

富士鮨のシャリは、ミルキークイーンと龍の瞳という2つの品種をブレンドしています。ミルキークイーンは冷めても硬くなりにくく、自然な甘みがあります。龍の瞳は通常の米の約1.5倍の粒の大きさがあり、噛んだときの存在感を生み出します。

この2つを組み合わせることで、「冷めても柔らかい」と「しっかりした噛みごたえ」という、本来は両立しにくい食感を一つのシャリの中で両立させようとしています。

自家精米

米は玄米で仕入れ、店内で精米しています。精米の度合いによって米の粘りや食感が変わるため、削り具合を自分たちでコントロールし、品種の特性を引き出せるようにしています。

水と浸水

水は不純物の少ない超軟水を使用しています。硬度の高い水はミネラルが米の表面に付着し、炊き上がりの食感や色味に影響を与えるためです。

浸水は24時間かけて低温で行います。通常の30分〜1時間程度の浸水では、米の外側は柔らかくなっても中心に硬さが残ることがあります。時間をかけて中心まで水を行き渡らせることで、すべての米粒が同じ状態からスタートし、炊きムラを減らすことを狙っています。

炊き方

105°Cで炊く

富士鮨では、通常の炊飯よりも高い105°C付近の温度帯で米を炊いています。圧力をかけることで沸点が上がり、米粒の芯まで深く火を通すことができます。

高い温度で芯まで十分に火を通すことには、2つの目的があります。

1つ目は、2°Cまで温度を下げても米が硬くなりにくいこと。米は冷えると硬くなる性質がありますが、芯まで深く火を通すことでこの劣化を抑えられます。

補足:米が冷えて硬くなる現象を「β化」と呼びます。105°Cで芯まで十分に火を通すことで、2°Cまで冷やしてもβ化が進みにくい状態を作ることを狙っています。

2つ目は、提供前の温め直しを低い温度で済ませられること。炊飯時にしっかり火が通っていれば、後から高温で温め直す必要がありません。温度を上げすぎると香りが飛んでしまうため、ここが重要です。

補足:酢酸エステルは60°Cを超えると急速に揮発します。炊飯時に十分な火入れをしておくことで、温め直しを60°C未満で完結させ、香りを守ることを目指しています。

少量ずつ炊く

7席のカウンターに対して、1日3回に分けて少量ずつ炊いています。富士鮨のシャリは水分量を抑えて炊いているため、量を増やすと釜の中で水面から出てしまう米が生じ、十分に炊けない部分ができてしまいます。量を増やすのではなく、炊く回数を増やすことで品質を保っています。

酢合わせ

4種類の酢をブレンド

富士鮨では、酸味の質と香りのバランスを調整するために、4種類の酢をブレンドしています。

また、炊き上がりの重量を毎回計量し、それに応じて酢の量を調整しています。米は季節や保管状態によって水分量が変わり、同じ量の米を炊いても炊き上がりの重量は日によって異なります。炊き上がりの重量に応じて酢の量を変えることで、毎日同じ味に近づけようとしています。

酢合わせ直後の急速冷却

酢を合わせた直後、すばやく冷却します。酢を合わせた瞬間に香りの成分が生まれますが、高い温度のままでいるとそのまま空気中に飛んでしまいます。できるだけ短時間で温度を下げることで、香りをシャリの中に閉じ込めることを狙っています。

うちわで扇ぐ方法では冷えるまでに時間がかかり、その間に香りが揮発し続けます。高温でいる時間を最短にすることが、香りを守る鍵だと考えています。

提供までの温度管理

14貫ずつ温め直す

急冷したシャリは2°Cで保存し、お客様に提供するタイミングに合わせて、7席×2貫分(約14貫分)ずつ温め直します。

保温し続けると、時間の経過とともに香りが徐々に抜けていきます。最初のお客様と最後のお客様で、香りの強さが違ってしまう。注文のタイミングに合わせて都度温めることで、できるだけ同じ状態でお出しすることを目指しています。

温め直す際は、晒(さらし)に包んだシャリを使い、晒の温度と水分量を毎回測定しています。最初は高温で一気に温度を上げ、香りが飛び始める手前からは低温に切り替えて、ゆるやかに目標温度まで到達させます。こうすることで、表面だけが過加熱されて香りが飛ぶことを防ぎつつ、全体を均一に温めることを狙っています。

握り

口の中でほどける設計

箸で持ったときには割れないが、口の中に入れるとほろほろと崩れる。富士鮨の握りはそれを目指しています。

握る際の手酢と、ネタに塗る煮切り醤油の水分量をコントロールすることで、口の中でのほどけやすさを調整しています。煮切り醤油は一般的なものより粘度を抑え、ネタからシャリへ浸透しやすくしています。手酢と煮切りの水分がシャリに加わることで、口の中の体温と唾液によってほろほろと崩れることを狙っています。

米の品種選び、精米、水、浸水、炊飯、酢合わせ、冷却、保存、再加温、握り。すべての工程を通じて、シャリの香りをお客様の口の中まで届けるために試行錯誤しています。